夢の終わりに

第 1 話


俺は、悩んでいた。
ものすごく、悩んでいた。

「私、私はどうしたらいいのか・・・助けてくださいっ!」

俺に助けを求めているのは、とーってもかわいい女性だ。
昔の自分であれば、好きになっていたかもしれないと思えるほど。
可憐で清楚で、護ってあげたくなるタイプ。
そんな女性が泣きながら縋りついてくるのだから、男としては、よし、ここはひとつ俺に任せてくれ!何も心配なんていらない!な~んて気持ちになってしまうだろう。事実、俺はそんな気持ちになっていた。
ぽろぽろと涙を流し胸に飛び込んできた女性の背に手をまわしかけた時、後ろからものすごく不愉快気な声が聞こえてきた。

「おい、リヴァル。何をしているんだ?」

あ、これはちょっとやばい?
そんな感じの声だった。俺を怒っているというよりは、俺を心配している声だ。
まあ、そりゃそうだろう。30を超えたいいおっさんが20代前半だろう若い女性を抱きしめようとしていたのだ。しかも、薄暗い路地裏で。幸い未成年ではないから犯罪にはならないだろうが、いや、犯罪になるのか?どうなんだろう?なにせ、ぱっとしない男である俺と美女という構図は、周りからは奇異な目で見られていてもおかしくは無いかもしれない。ん?まてよ?泣いた女性を路地裏で抱きしめるおっさん?なんかやばくないか?気のせいだよな?
そう思いつつも両手を思わず頭上に上げた。
ホールドアップ。俺は何も悪くない。
俺から触ってないから、痴漢でもないと主張する。
見ているのは後ろの人物だけだが。

「ちょ、丁度良かった、助けてくれよ。彼女さっき金をスられたらしくてさ、すげー困ってるんだよ」
「スられた?それは不幸だったなと同情はするが、何故お前が助ける必要があるんだ?それに、場所で何してる?俺が探すのにどれだけ苦労したと思っている」
「それは悪かったって。でもさ、泣いてる女性をほっとけないでしょ」

恐る恐る顔だけ振り向けば、そこにはやはり眉を寄せる連れがいて。
怖っ。
やばっ。
思わず体が委縮してしまい、それが抱きついてきている女性にも伝わったらしい。 あー情けない。女性の前で年下の連れに叱られるおっさん。恥ずかしいが、これもまた現実だ、受け入れよう。

「うう、本当に困っているんです。お金がなくて家にも帰れません!助けてください!」

必死にすがる女性と怖い連れ。
あー、俺はどうしたらいいんだ。

「何故、この男に助けを求めるんだ?まず貴女が行くべきは交番ではないのか?」

呆れたような声に、あ、そうか、そうだよなと思い至る。
これは警察に任せるべきものだ。

「スられたというのは勘違いで、忘れたり落とした可能性もある。ならば、善良な市民が拾い、交番に届けた可能性はゼロではない」

治安が良いとはいい難い場所だから、限りなくゼロではあるが。

「お金をスられ、帰る方法がないとなれば、警察だって何かしらの手を打つだろう。お前が世話を焼いてやる必要はない。そうだな、交番まで付き添えば十分だろう」

そんな風に偉そうに言う男の声に、私は舌打ちをした。
折角人の良さそうな中年カモを見つけたのに、まさか邪魔が入るなんて。まずは同情を誘いお金を出させてから叫び声をあげる。助けて!助けて!この男に乱暴される!私の声はとても通るから、それだけで人は集まるだろう。警察も呼び被害届を出す段階で示談に持ち込みお金を手に入れる。そうやっていい人でいることのリスクを私が教えてあげるのだ。それなのに邪魔をするなと、私は涙目はそのままに、やって来た男も落とすため、人のいい中年から体を離した。
自分の容姿が人の同情を引きやすい事は熟知している。どうふるまえば男心を揺さぶるかも。だから、言葉だけではなく、自分を見せたほうが早い。上手くいけばカモがまた一人増えるのだから。

「交番にはもう行きました。でも、嘘だと決めつけられて・・・ううっ」

哀れな娘を装い、ポロリと涙をこぼしながら中年の後ろにいる男に顔を向け、そして・・・思わず息をのんだ。
そこに立っていたのは、少年だった。
私よりも白く透き通る肌にはシミ一つ見られず、化粧をしているのではと疑ってしまうほどだ。さらさらと風に揺れる黒髪は天使の輪を描いている。身長は高く、その体はとても細い。私よりも細い腰に思わず目が行ってしまう。何より惹きつけられるのはその瞳。まるでアメジストのような美しい輝きで、見つめられているだけで心臓が高鳴る。映画の俳優やモデルが裸足で逃げ出すほど、恐ろしく顔が整っており、なに?これは夢なの??と思わず言葉を無くし見入ってしまった。
男だ。
声も、男だった。
だけど、美しいという言葉しか出て来ない。

「成るほど、それは職務怠慢だな。俺たちも同行し、君にそんな対応をした警察官と話をしてみよう」

にっこりと笑みを向けられ、頬に熱が集まるのを感じた。
同時に、脳が警報を鳴らす。
なに?これはもしかして、やばいんじゃない?
こんな美人が、一般人のはずがない。
テレビの撮影?
もしかして、私のような詐欺師を捕まえるために、この中年が一芝居打っていたとか?え?警察絡んでない?それともこの中年が警察?カモは、私?

「そうだな。うん、そうしよう。で、どこの警察に行ったんだ?」

男は、なおも人の良さそうな顔で言ってきた。
ここで逮捕すれば騒ぎになるから、警察署に自分から行かせるつもり?間抜けな詐欺師にネタばらしは警察署でって?冗談じゃないわ!

「あ、え、そうですね。すみません取り乱してしまって。警察官だって、全員あんな人ではないですよね。他の方に話をすれば、ちゃんと対応してもらえるかもしれないのに、私ったらこんなに取り乱してしまって」

突然、彼女は饒舌になり喋り出した。
先ほどまでのか弱さなど霧散し、慌てたように体を離したので、あ~これは惚れたな?と思った。涙を拭き、少しでも見た目を整える姿に、あーいいよな、色男は。モッテモテで羨ましい、と嫉妬する。解ってる、解っているさ。世の中には俺よりカッコイイ奴なんて五万といるし、モテる奴なんてもっといる。だけど、こいつは別格だ。かっこいいというより、綺麗、美人の方がしっくりくる超美形。
こいつを見てときめかない女なんて居ないんじゃないか?と思ってしまうほどフェロモン駄々漏れ男だ。あーうらやましい。羨ましいぞこんちくしょう。でもまあ、その容姿のせいで苦労もしているから、じゃあ体を入れ替えるか?と聞かれたら、気軽にぶらつけて気軽にだらけられる今の方が快適です、勘弁してくださいって土下座してお断りする。そもそも、体の入れ替えなんて出来ないけれど。

「お金を無くした事で、動揺するのは仕方がない。リヴァルこの辺で一番近い交番は何処だ?」
「え?えーと、ちょっと待ってくれ」

話を振られ慌てて端末を取りだす。
ペンシルサイズの端末をちょちょっと操作すると、空中に半透明のモニターが表示される。GPS機能を使い現在地をだして・・・

「あ、大丈夫です。先ほど行った交番がありますので」
「え?じゃあ、そこに行こう。俺たちもついて行くからさ」

あれだけ動揺した女性を放り出すわけにはいかない。
いいだろ?と連れに声をかけようとしたのだが。

「大丈夫です、あの、本当にありがとうございました!!」

女性は慌てて俺の体を押しのけると、連れの隣を素通りし、表通りに向かって駆けて行った。

「なんだ?俺、何かした?」

何?冷静になったら、おっさんにセクハラされてたとか止めてよ!?

「・・・お前・・・いや、いい。お前は何もしていないさ。冷静になったら泣いてすがるほどの事じゃなかったと、気付いたんだろう?」
「そっか、ならいいんだけど」

そんな俺を見て、連れは困った顔をしながら笑った。

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